令和7年2月19日知的財産高等裁判所は棋譜動画に対してyoutube上で行なった事実に基づかない著作権侵害申告に関する損害賠償請求事案において控訴人、被控訴人双方の控訴を棄却する判決
を下しました。この点、以下のとおり控訴人代理人の立場からご報告させて頂きます。
知財高裁の判示
① 著作権侵害があると考えて著作権侵害申告をしたことに過失がある場合、不正競争防止法違反によって経済的損害の賠償が認められる以外に動画投稿者の表現の自由その他の権利又は法律上保護される利益が違法に侵害されたとは言えない。
② しかし、ア 著作権侵害がないことを認識しながら、特定の動画投稿者について多数回にわたって著作権侵害申告を行い、動画の公開を妨げるような場合、 イ 著作権侵害がないことを明確に認識してなくとも、著作権侵害申告を行う目的やそれに伴う行為の態様等の諸事情に鑑み、著作権侵害を防ぐ目的を明らかに超えて動画投稿者に著しい精神的苦痛等を与えるような場合 例外的に動画投稿者の法律上保護される利益が違法に侵害されたものとして不法行為が成立する。
③ 本件は、上記例外的ケースに当たらない。よって不正競争防止法違反の点を越えて、精神的損害に関する賠償請求は認められない。
④ 本件において不正競争防止法に基づいて認められる賠償額は、原審の認定した賠償額で適正である。
コメント
東京地裁及び知財高裁で審理された本件は、上記のとおり経済的利益を除いても動画投稿者の利益を法的保護に値する利益と確認しました。特に原審は人格的利益と経済的利益が明確には分離されていなかった令和4年10月14日大阪高等裁判所判決・判タ 1518号131頁(いわゆる編み物YouTuber事件)について動画投稿者の利益を一元的に把握したと理解する余地がある点を指摘し、そのうえで経済的利益が特別法を通して主張されることで明確に分離されていた本件においては人格的利益を単独で保護することに対して慎重な姿勢を示しました(※判時 2608号67頁以下も参照。)。しかし、知的財産高等裁判所においては、経済的利益を除いた動画投稿者の利益も法律上保護され、違法に侵害した場合不法行為が成立する場合があると判示し、この点においては原審判断を見直しています。本件は特に不正競争防止法違反が認められる事案においてこれと別に不法行為が成立する場合の基準を判示した点で有益な情報(コンテンツ)の発信を巡る紛争、特に経済的損害を不正競争防止法をとおして主張することが検討に値する個人事業主を含んだ事業者間の発信妨害を巡る紛争において法律構成を検討する際に知財専門部における審理を選択するかも含めて判断の指標になり得るものと考えます。
本件において元最高裁調査官であり人格権に精通した原審裁判長の示した慎重論を受けてなお知財高裁が経済的利益を除いても動画投稿者の利益は単独で法的保護に値すると改めて判示した点には意義を感じています。一方で知財高裁の判示における経済的利益を除いた動画投稿者の利益の根拠は明確とまでいえず、また、示した規範もやや厳格に過ぎるようにも感じられるところです。さらに、代理人による異議申立て費用について相当因果関係を認めなかった点も動画投稿者の保護に欠ける側面があります。この点について依頼者も上告の意思を示していることから、個人配信者でありながらここまで闘いを継続してくださっている依頼者の期待に応えられるように全力を尽くしていく所存です。
もっとも上記のとおり元最高裁調査官でもある原審裁判長の慎重論、控訴審から就任した国内大手事務所の精鋭チーム、高名な知財学者複数の反対意見書という逆風のなかで原審を維持しつつ、重要な法律論について見直しの判断を頂けたことは一定の成果と考えています。